NINJA
「それにしてもな、あの距離の話なあ。やっぱりあんなことは悟り澄まして、人にいうようなことじゃないな。今回みたいに相手のほうから、いきなり距離をつめられることもあるんだからな。世の中のつきあいってのはむずかしいもんだ。絶対に安全な生きかたなんて、どこにもないのかもしれん。どれだけ逃げた気になっても、必ず誰かが手を伸ばしてくる」
ぼくも考えていた。トクさんのように強くはないから、自分には親や社会のいうことをきいた振りして無視することなどできないだろう。ぼくは自分と世界のあいだに張られた綱わたりのロープのうえを、ずっとふらつきながら歩くことになる。この世界とのいい距離がほんとうに見つかるのだろうか。
「今日はいい天気だね」とか「涼しくなったね」とかいう会話が、なによりも一番贅沢な世界というのは、案外悪くないんじゃないだろうか。豊かさとか生涯賃金とか経済成長率なんかに、いつまでもこだわっていても意味など無いのだ。ぼくのまわりにはジュンやナオト、今回出番のなかったダイのような友人がいて、トクさんのようなおもしろい大人もいる。慎重に適度な距離をとりながら、そういう人たちとつきあって年をとっていけるなら、そう悪くない人生が送れるはずだった。自転車で風を切りながら、ぼくは決心したのだ。
これからは自分の好きな人とはきちんとお天気の話をしようってね。
石田衣良『秋の日のベンチ』
スコットペリー
ぼくも考えていた。トクさんのように強くはないから、自分には親や社会のいうことをきいた振りして無視することなどできないだろう。ぼくは自分と世界のあいだに張られた綱わたりのロープのうえを、ずっとふらつきながら歩くことになる。この世界とのいい距離がほんとうに見つかるのだろうか。
「今日はいい天気だね」とか「涼しくなったね」とかいう会話が、なによりも一番贅沢な世界というのは、案外悪くないんじゃないだろうか。豊かさとか生涯賃金とか経済成長率なんかに、いつまでもこだわっていても意味など無いのだ。ぼくのまわりにはジュンやナオト、今回出番のなかったダイのような友人がいて、トクさんのようなおもしろい大人もいる。慎重に適度な距離をとりながら、そういう人たちとつきあって年をとっていけるなら、そう悪くない人生が送れるはずだった。自転車で風を切りながら、ぼくは決心したのだ。
これからは自分の好きな人とはきちんとお天気の話をしようってね。
石田衣良『秋の日のベンチ』
スコットペリー
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